ハーレーの整備の仕事‥本当に楽しかったなぁ‥

後先考えずただ突っ走っていた自分!!

ハーレーダビッドソンというバイクに触れることが本当に幸せだった。

福岡県前原市にあるハーレーのディーラーが私の就職先だった。

朝八時頃出社して、自分が担当するカスタム車両を製作し続けた。

途中オイル交換など突然の仕事はたまに入るが、あとは任させた仕事を黙々とこなした。

わからないことは整備士の先輩に聞いて、自分なりに色々と調べて、お客さんとカスタムの打ち合わせを繰り返して、完成させた。

1日があっという間に過ぎた。

給料が周りの同い年の友達と比較すると安すぎるなんてことは考えたことは無かった。

手取り15万ほどだったと思う‥。

今思えは生きていくだけで精一杯の給料だ😓

それなのにかみさんは【頑張ってきて!】といつも私に声をかけてくれた。

でも本当は金銭面や休日面で本当に心配だったと思う。

その頃はハーレーダビッドソン以外に興味はなく、他に釣りなどの趣味も無かった。

そして長男もまだ小さかったので、大きな出費はなかったと思うが‥生活に余裕があったとは到底思えない😓

でも家族を支えてくれたかみさんには感謝の気持ちしかない!!

そのような環境でハーレーの仕事を淡々とこなす日々が続いたある日、生活が一変する出来事が起こった!!

会社が潰れた!!

朝ふつうに出社すると会社の門がチェーンでぐるぐる巻きにされていて【この建物は裁判下の管理下にあるので入出を禁ずる】と貼り紙がしてあった。

あまり景気が良くないとは聞いていたが‥こんなことが起きるとは‥😓

会社の整備場所には私の自前の工具もたくさんあったし、お客さんの預かっている車両もあったので、私の今後の生活よりも目先の工具や車両の方が心配でたまらなかった。

もう20年近く前の話なのであまり詳細は覚えていないが、あまりショックは感じておらず、また次のハーレーの店を探そうとくらいしか考えていなかった。

まだそのときの自分には整備およびカスタム経験はまだまだ乏しく自分のハーレーダビッドソンの店を立ち上げるほどでは無かった。

実際勢いで店を出せたとしても、お客さんの信頼を得ることはできず、店は長続きしなかったと思う。

そこで、やっと前ばかり見ていた自分がやっと我に返るときが来た!!

まず自分の足元をしっかり把握しなければと思った。

ハーレーダビッドソンというものは趣味というもので続けて、しっかり家庭を支える仕事を探さなければ!!と考えるようになった。

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